2017/06/03

自由にモノの言えなくなる社会に!?

 戦後70年が経ち、「表現の自由、言論の自由」が段々と危うくなってきました。国連においても、「「意見及び表現の自由」に対する法整備が脆弱で、日本の民主主義を危ぶむ」という調査報告書が公表されています。民主主義だったはずの日本も、いつの間にか権威主義、権力主義が台頭するようになり、権力を握った一部の政治家や官僚、大企業に都合の良い法律や施策が次から次へと施行されています。

 最近の学校設立に絡む政治家と官僚、事業者との関係を見ていても、明らかに一権力者の意向によって出来ないものは無いと言わんばかりの横暴さが見え隠れしています。また、その釈明が、いつもの通り詭弁に満ちたもので、中国や北朝鮮よりはマシかも知れませんが、戦前の日本にジワジワと戻りつつあるようで脅威にすら感じます。

 今も国会で、テロ対策という大義名分のもと、「共謀罪防止法」の採決が強行されようとしていますが、この法律が成立すると、また、少しずつ拡大解釈されて行き、政権に都合の悪い勢力までもが弱体化させられ、最後には、自由にモノの言えない社会になるのではないかと非常に不安です。

 しかも、世界的に賞賛されている平和憲法までも変えようという気運が高まっています。その理由が、世界中の国々が度々改正しているからとか、米国から押し付けられたものだからとか言った曖昧な理由で憲法を変えようと画策しています。今一度、戦争にのめり込んで行った歴史を振り返り、外交下手で集団に押し流されやすい日本人は、いつ何をどう間違えたのか、きちんと評価した上で憲法を論じなければなりません。私は、日本人だけではこんな素晴らしい憲法はできなかったと思っています。

 また、自衛隊を憲法にきちんと位置付けたいと言う政治家もいますが、自衛隊は憲法を変えなくても十分国民に認知された専守防衛軍であり、大災害時における活動などでは、幾度となく国民から賞賛を得ている立派な国の組織です。今さら、憲法を変えて何になるのでしょうか?集団的自衛権が更に拡大解釈されるだけではないでしょうか?唯一、武力行使を止められるのは、今の平和憲法なのです。

 この国の公務員は議論に疎いためか、ややもすると、力により国を一方向にまとめようとする傾向があります。国や自治体が設置する「第三者委員会」とか「有識者会議」、「専門会議」などを見ていても、その7割が行政寄りの民間人を登用しており、国民・市民を代表しているとはとても言えません。この国の最大の欠点は、平和憲法以外に権力を監視するシステムが無いことです。そのシステム無くして、国家権力を増大させることは、国民をまた不幸に導くことになりかねません。

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