2016/08/14

8月15日に思いうこと

8月15日「終戦記念日」を「敗戦記念日」に!

 私は、毎年この時期が来ると憂鬱になります。6月23日「沖縄慰霊の日」、8月6日「広島原爆投下」、8月9日「長崎原爆投下」、そして、クライマックスが8月15日「終戦記念日」。これらにあわせてメディアは、日本における戦争の悲惨さ、被害の大きさ、戦後の惨状を繰り返し放送します。

 確かに、日本国民は言葉では言い表せないほど辛い悲しい思いをしました。一方、東アジア・東南アジア・合衆国の多くの人々も、日本が仕掛けた戦争によって、謝罪しきれないほどの苦痛と恥辱を味わったのです。しかしながら、日本では他国に与えた戦争被害については滅多に報道されることはありません。それどころか、占領時代の日本の功績を唱える人さえ居る始末です。

 最近の論調でも、「いつまで日本は謝れば済むんだ?永久に謝り続けるのか?」と揶揄する声が聞かれますが、私もそう思います。しかし、特に東アジアの国々が、日本に対して厳しい態度を取り続けるのは、日本側にも問題があると思います。表面上では謝りつつも、戦後補償(経済支援)という札束で、日本の犯した罪をうやむやにしたまま国交正常化を結んだからです。そのため、今日、経済発展を遂げた彼らは、国民に対してそのことに負い目を持ち、日本の犯した罪を暴き攻めたてることで、国民の怒りの矛先を日本に向けさせようと躍起になっているのではないかと思います。

 さらに、保守系の人の中には、「東京裁判は間違いだ」と言う人さえ居ます。そう思うのであれば、なぜ、先の大戦の真実を明らかにし、その責任の所在を明確にしないのか?何が間違いで、どうすれば良かったのか?史実の総括も反省もないまま現在に至っているこの国の曖昧さが、この問題を現在まで引きずっている最大の原因ではないかと思います。他国の間違いを非難するには、自国の過ちを認める勇気が必要なのです。

 日本人は、どこの国の人からも、「礼儀正しく、親切で優しい国民」と、好意的に思われているにもかかわらず、国家として疑問符がつくのは、このような曖昧な態度に因るのではないかと思います。また、先の大戦に至ったのは、陸軍の暴走を阻止出来なかったことが原因と言われていますが、情報分析能力不足、外交下手が要因でもあったと思います。これは、戦後の民主化と経済発展を遂げた今日でも、さほど変わっていないのではないかと案じられます。

 戦後71年、日本が、「間違いは間違いと認め、謝罪すべきところは謝罪し、主張すべきところは臆せず主張する」毅然とした国に生まれ変わることを私は切に願っています。

 そして、8月15日は、戦争をしない、戦争をさせない「廃戦記念日」として、世界に向けて公約し続けることが、大衆世論に流されやすいこの国の国民を戦争から守ることになるのではないかと考えます。

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