2014/12/30

私のマンション履歴 仮住まい編(12)

<大忙しで引っ越し>

 中野のマンションの売却があまりにも順調過ぎて、嬉しい悲鳴でしたが、2カ月足らずで引っ越ししなければなりませんでした。この際、横浜の空気に慣れ親しむのも良いと思い、また、契約した大倉山の工事現場をときどき見学したいこともあって、大倉山駅近郊のアパートを探しました。

 最初の物件は、鶴見川沿いのアパートでしたが、近くに2~3棟ラブホテルがあり環境があまり良くなかったので、キャンセルしました。しかし、時間がどんどんなくなってきたので、休みの日は勿論、平日も、二人でアパート探しに奔走しました。やっとのことで、菊名駅(大倉山駅隣り)から20分ほど坂道を登ったところに賃貸マンションがあり、少し駅から遠いのが難点でしたが、建物が比較的新しかったので決めました。

 仮住まいが決まったら、すぐに引っ越しです。半年後には、また、引っ越ししなければならないので、システム家具などは組立てず、とにかく半年間生活できるだけの荷物を解いて、後は、2DKのマンションの1部屋を使って山積みにしていました。備え付けエアコンのドレーン(排水管)が逆流してきたときでも、管理人さんに部屋を見られないように自分で修理しました。

 引っ越した当初、飲み会で遅くなり、今までと同じ時間に店を出ると途中の元住吉駅までしか帰れず、しかも、元住吉からタクシーを拾うのに大変苦労しました。それからは、終電に間に合うように帰りましたが、菊名駅からの坂道は酔った身体にはこたえました。

 それでも、休みの日には、二人で峠越えをして、30分ほど歩いて大倉山の工事現場を見に行きました。ヘルメットを借りて現場内を何回か見せてもらい、現場の整理整頓をするよう注意を促したりしました。汚い現場は一般的に工事の出来が良くないからです。(これは真実です!)

 平成3年12月になって、内覧会が開催されました。私たちは、ほぼ一日かけてチェックし、50項目近くの手直しを指示しました。これだけの時間をかけてこれだけの項目を指摘したのは、私たちだけのようでした。現場の所長とは、現場視察のときから顔なじみになっていましたので、スムーズに手直しは行われました。(この所長とは、10数年後に実施した大規模修繕のときにも現場に来てもらい、施工時の仕様や改修方法をアドバイスしてもらっています。)

 半年が過ぎ、やっと仮住まいから解放されるときが来ました。とにかく、壁紙など一切汚さないよう入居時よりもきれいにして返したので、敷金は全額戻ってきました。私たちは、身のまわりのものを梱包して、意気揚々と大倉山に引っ越ししたのです。

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