2019/12/29

新国立競技場の竣工に思う

<完成した新国立競技場

新国立競技場イメージ鳥瞰図
採用された「A案」の外観(画像:新国立競技場整備事業大成建設・梓設計・隈研吾建築年設計事務所共同企業体作成/JSC提供)

 今は亡きイギリス建築家ザハ・ハディッドキールアーチ構造(開閉式屋根)のデザインに対する違和感と、その工事費の高騰から、設計・施工を一貫して行う「デザインビルト」方式による「公募型プロポーザル方式」として設計コンペをやり直したため、当初の予定よりも、約9か月遅れで「新国立競技場」は完成しました。

 残念ながら、日本代表の活躍で盛り上がったラグビーワールドカップには間に合いませんでしたが、オリンピックには何とかセーフということで、関係者は、さぞかし胸を撫で下ろしていることでしょう。

<つまらないデザイン!>
 しかし、この間の不手際を考えると、バンザイとばかりに喜んではいられません。ザハ・ハディッド建築設計事務所との契約を破棄してまでやり直したにもかかわらず、神宮の森との違和感はないかも知れないが、存在感のない、木の温もりもあまり感じられない(外国人記者に言わせると「つまらない!」)隈研吾氏のデザインにガッカリしている国内外の人が、私を含めて多いのではないでしょうか。

<デザイン力の低下か?>
 これまで、建築界のノーベル賞と言われる「プリツカー賞」を数多くの日本人設計者が受賞してきましたが、日本のデザイン力・設計力の低下を、世界にさらす結果になったのではないかと、心配しています。しかし、これが、今の日本の現状なのでしょう。経済最優先の政策から、容積率の緩和が大幅に進められ、超高層ビルばかりが此処かしこに建設されている現状では、大手設計事務所ばかりに仕事が集中し、個人の建築家の活躍場所が少ないのです。

<何故建設コストだけ高い!>
 また、1500億円を超える工事費は、新横浜国際競技場やロンドン・北京オリンピックメインスタジアムの3倍超ということで、その建設コストの高さにも唖然とさせられます。日本の物価と賃金は、この20~30年上がっていないにもかかわらず、何故、建設コストだけが高いのか?閉鎖的で重層下請構造の日本の建設産業界に問題があるとしか考えられません。

<発注者の意識の低さと責任の無さ!>
 そのほか、今回の一連の不祥事で、日本の公共事業の抱える問題が浮き彫りになったと思います。一つは、多くの行政機関で既にトラブルになっていますが、発注者としての意識の低さと責任の無さです。曖昧なコンセプトや設計条件を基に設計コンペを実施した挙句、後になって、条件を覆すなど、ずさんな発注者としての姿です。上から目線ではなく、責任と自覚を持って大切な税金を使っていただきたい。

<行政に代わる統括責任者の登用!>
 また、設計・施工一括発注方式(デザインビルド方式)にしろ、設計・施工分離発注方式にしろ、プロジェクトマネージャー(PM)など、そのプロジェクトを統括する専門家(統括責任者)をプロポーザルにより登用することを是非とも進言したい。工事監理は無論のこと、その施設の運用方式や竣工後の管理のあり方など、50年から100年単位でその施設の利活用について提案できる豊かな発想力の専門家が、行政に代わって責任者となることを望みたい。行政は、決議した後は、「お金は出すが、口を挟まない。」に徹するべきです。

スポーツ公園を多目的利用へ!>
 さらに、国際競技場のような大きなスポーツ公園であっても、何らかの競技が行われている日は年間僅かしかなく、何も開催されていない殺風景で閑散とした大空間が常となっています。日本の「都市公園法」では、スポーツ公園に対する用途制限が厳しく、多目的施設として利活用できないため、このことが競技場の維持管理の負担ともなっています。

<自然災害のない良い年を!>
 今年も残り僅かとなりましたが、来年が自然災害の少ない平穏な年で、無事にオリ・パラも終了することを祈ります。

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