2018/01/07

2018年 不安と期待の中スタート

平成は引き潮の時代

 平成30年を迎えて、今年も、鎌倉の鶴岡八幡宮に初詣をしてきました。平成時代も余すところ16カ月(1年4カ月)となりました。今から、ふり返るのは少々早い気がしますが、平成という時代を思い返してみました。



 平成は、バブル経済絶頂期の1989年に始まりましたが、10年ほどでこのバブルは崩壊し、その後、日本経済は、出口の見えない長い々トンネルの中にあります。1億総中流と言われた時代から、6人に1人が貧困という時代へ、瞬く間に転落してしまいました。貧富の格差は広がり、非正規雇用者が増え、次第に内向き思考の若者が増えてきました。

 そんな中、日本は、阪神淡路大震災、東日本大震災、熊本地震といった未曾有の大災害を被ったばかりでなく、マグニチュード7クラスの大地震が18回も発生し、また、毎年のように大水害にも見舞われるなど、特に、自然災害の多い時代ではなかったかと思います。

 一方、政治においては、細川内閣誕生に涌いたのも束の間、直ぐに崩壊し、その後、民主党が政権を握るも、またもや、自滅し、欧米のような政権交代ができずに渾沌とした状況が続いています。この原因はどこにあるのでしょうか?国民性なのでしょうか?

 また、国や地方の財政状況はと言えば、蛇口を閉めずに赤字国債を流し続けています。今では、国と地方をあわせて1000兆円を優に超える財政赤字となっています。財政の健全化に取り組むことなく、このまま行くと、日本の子供たちに将来はないと予言する著名な米の投資家もいるほどです。

 迷走する政治・経済と自然災害という二つの大きな試練に向き合った時代であり、言わば、満たされていた時代からの「引き潮の時代」ではなかったかと思います。

グローバル化と資本主義は理想の世界ではない!

 しかし、日本ばかりではなく、海外の多くの国においても、混迷とした時代に突入しているのではないかと思います。共産主義・社会主義が、ソビエトの崩壊により潰えて、資本主義・民主主義が世界中を席捲すると思われましたが、グローバル経済と金融資本主義の肥大化により、世界の長者8人の資産が、地球の人口の5割の貧しい人の資産と同額になるまで貧富の差が拡大しました。

 また、市場が大きければ大きいほど有益なグローバル経済を背景に、前回の東京オリンピックの頃には30億人程度だった世界の人口は抑制されることなく、現在では、76億人にも膨れ上がっています。その結果、民族・人種・宗教などの違いによる摩擦が増大し、世界中で内戦やテロが拡大しています。一方、先進国においても、自己の生活や文化を守ろうとする保護主義が台頭してきており、同様に民族・人種・宗教問題に火種を抱えています。

 一方、日本では、封建時代の慣習や慣例が未だに色濃く残っていることが障害となって、少しづつ、世界での地位が低下している状況です。例えば、個人を犠牲にしてでも集団を優先するという「集団主義」、上位にある人・組織には逆らわない、逆らえないという「絶対的服従主義」などが、此処かしこに残っています。その考え方から終身雇用制度が産まれ、その弊害として、サービス残業や取れない有給休暇・育児休暇などがあり、「働き方改革」の障害ともなっているほか、「出生率の低下」にも通じています。また、「論文・検査のデータ改ざん」や「贈収賄と談合」なども、団体や組織の「集団主義」「保護主義」が根底にあると思います。

金融資本主義から新資本主義へ

  そんな中、世界は、益々、グローバル化が拡大し、IOT・AIなどの技術革新は、日進月歩での飛躍を遂げ、産業革命に匹敵するほどの大きなイノベーションをもたらすものと期待されていますが、世界の安寧のためには、金融資本主義を抑制する新資本主義への移行が絶対的条件であると思っています。

日本の悪しき慣習・慣例からの脱却が条件

 日本においては、悪しき慣習・慣例からの脱却が日本の将来を決めると言っても過言ではないと思います。そのためには、法律等によって、日本人の意識改革を進めていくしか方法はないと考えています。さすれば、日本も、将来において、世界をリードする地位を保つことができるものと信じており、期待するものです。

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