東京五輪が残したものは、1兆円超の赤字国債と負の遺産?
思い返せば、何故、石原元都知事は、東京オリンピックにこだわったのか?北京オリンピック(中国)への対抗心か?それとも単に、日本政界を「アッ」と言わせたかったのか?いずれにせよ、政治家として最後の花道を飾りたかったのであろう。テーマ(震災復興五輪)など、単なる彼の思いつきに過ぎなかった。
その彼の思いつきが、商業主義・拝金主義のIOCの心と懐を見事に射ることに成功し、多方の予想に反して、「2020東京オリンピック・パラリンピック」が決まった。報道されているように、フランス検察当局は、竹田元JOC会長に対して、誘致に関わる贈賄容疑で調査を行なっている。閉幕後は、何らかの動きがあるものと思われるが、それまでに、長野オリンピック同様、記録は全て消し去るつもりではなかろうか?何しろ、公文書でも平気で改竄する国だから、任意団体の五輪組織委員会では、危なくてしようがない。
東京オリンピックは、一人の政治家(作家)の思惑によって、それに伴う多額の公共事業に群がる政治家、大企業とスポーツ界が企てた大運動会だ。その一方、インバウンドのさらなる増加を強調し、日本再生をスローガンに、盛り上がらない都民・国民の関心を引きつけようとした。しかしながら、新国立競技場の設計コンペの不手際やエンブレムの盗作騒動など、信じがたい不祥事が連続し、官僚のガバナンス力の低下がそこには見えた。その後も、度重なる不適切発言やスタッフの人選ミスなど、開幕直前まで問題の絶えないビッグイベントとなった。
盛り上がらない世論の中、昨年から、コロナ禍に見舞われ、1年延期の道を選択したものの、「何が何でも東京五輪はやる!」の竹槍精神のみで、戦略もなければ、科学的知見もなく、方向を見失った東京五輪の姿がそこにはあった。だが、コロナの感染拡大が止められず、無観客とせざるを得なくなったことは誤算であったろう。しかし、そこには、「中止」の選択肢は鼻から存在しなかった。おそらく、これまでに例のない、良くも悪くも歴史に名を残すコロナ五輪となった。
世界のメディアからは、日本に対して、賞賛の声あり、批判の声あり、とさまざまだが、ただ言えることは、五輪の普遍の目的である「平和の祭典」と呼ぶにはほど遠く、何とか競技を行ったに過ぎない。日本国民は、海外のアスリートやサポーターと交わることもなく、多くは、不完全燃焼であったと思う。ただ、アスリートの頑張りに感動した人も多く、今は、東京五輪をやって良かったと6割位の日本国民が思っているようだ。
しかし、良かったと思えるのは今だけで、1兆円超、枠の捉え方次第では3兆円近くにもなる赤字国債のみが残されたことにいずれ気付く。当然、これらは、都民・国民が何らかの形(税金等)で負担しなければならない。東京五輪は、これからの五輪とIOCという組織を考える機会となったことは間違いないが、それにしても、さらなる財政負担を被ることになった。しかも、都民は、維持費が重くのしかかる施設(負の遺産)が増えたことも忘れてはならない。長野五輪の二の前を繰り返してはならない!今回は、徹底的に情報公開を求め、問題があれば責任を取るという普通のことが普通に行われなければならない。国民の皆さんには、これらのことを踏まえて、来る総選挙で投票してもらいたい。
その彼の思いつきが、商業主義・拝金主義のIOCの心と懐を見事に射ることに成功し、多方の予想に反して、「2020東京オリンピック・パラリンピック」が決まった。報道されているように、フランス検察当局は、竹田元JOC会長に対して、誘致に関わる贈賄容疑で調査を行なっている。閉幕後は、何らかの動きがあるものと思われるが、それまでに、長野オリンピック同様、記録は全て消し去るつもりではなかろうか?何しろ、公文書でも平気で改竄する国だから、任意団体の五輪組織委員会では、危なくてしようがない。
東京オリンピックは、一人の政治家(作家)の思惑によって、それに伴う多額の公共事業に群がる政治家、大企業とスポーツ界が企てた大運動会だ。その一方、インバウンドのさらなる増加を強調し、日本再生をスローガンに、盛り上がらない都民・国民の関心を引きつけようとした。しかしながら、新国立競技場の設計コンペの不手際やエンブレムの盗作騒動など、信じがたい不祥事が連続し、官僚のガバナンス力の低下がそこには見えた。その後も、度重なる不適切発言やスタッフの人選ミスなど、開幕直前まで問題の絶えないビッグイベントとなった。
盛り上がらない世論の中、昨年から、コロナ禍に見舞われ、1年延期の道を選択したものの、「何が何でも東京五輪はやる!」の竹槍精神のみで、戦略もなければ、科学的知見もなく、方向を見失った東京五輪の姿がそこにはあった。だが、コロナの感染拡大が止められず、無観客とせざるを得なくなったことは誤算であったろう。しかし、そこには、「中止」の選択肢は鼻から存在しなかった。おそらく、これまでに例のない、良くも悪くも歴史に名を残すコロナ五輪となった。
世界のメディアからは、日本に対して、賞賛の声あり、批判の声あり、とさまざまだが、ただ言えることは、五輪の普遍の目的である「平和の祭典」と呼ぶにはほど遠く、何とか競技を行ったに過ぎない。日本国民は、海外のアスリートやサポーターと交わることもなく、多くは、不完全燃焼であったと思う。ただ、アスリートの頑張りに感動した人も多く、今は、東京五輪をやって良かったと6割位の日本国民が思っているようだ。
しかし、良かったと思えるのは今だけで、1兆円超、枠の捉え方次第では3兆円近くにもなる赤字国債のみが残されたことにいずれ気付く。当然、これらは、都民・国民が何らかの形(税金等)で負担しなければならない。東京五輪は、これからの五輪とIOCという組織を考える機会となったことは間違いないが、それにしても、さらなる財政負担を被ることになった。しかも、都民は、維持費が重くのしかかる施設(負の遺産)が増えたことも忘れてはならない。長野五輪の二の前を繰り返してはならない!今回は、徹底的に情報公開を求め、問題があれば責任を取るという普通のことが普通に行われなければならない。国民の皆さんには、これらのことを踏まえて、来る総選挙で投票してもらいたい。