2019/05/17

「なぜ日本製はどれもデザインがダサいのか」の記事に賛同


日本製のデザインはダサい

 PRESIDENT 2019年3月4日号に掲載されていた「なぜ日本製はどれもデザインがダサいのか」 (一橋大学大学院経営管理研究科教授 鷲田祐一氏)という記事を読んで、私も以前から感じていたことなので、大いに納得しました。こういう感性の日本人が増えてくれれば、日本も本当に変わるのだが・・・と、微かな希望の光をみたような気分になりました。

 バブル崩壊後も、日本は、技術革新こそ世界に打ち勝つ唯一の道だと信じて、機能と価格のみ追求してきましたが、今や、世界をリードするほどの製品は車の一部を除いて、ほとんど見当たりません。

 それどころか、バブル以前には、日本にはデザイナーと呼ばれる人たちが各界で活躍していましたが、コストカットの時代になって、真っ先に切り捨てられたため、今では、ダサいデザインの製品ばかりが溢れるようになりました。(当時は、銀座で石を投げると必ずデザイナーに当たると言われたほどデザイナーで溢れていました。)

 そうなった原因は、鷲田教授がおっしゃるとおり、日本企業の経営層には、デザイナーデザインの重要性を理解する人が含まれていないからだとの意見に私も賛同です。30年程前に、初めてアップルコンピュータを見たときのワクワクするような製品でなければ、世界の人々を魅了することはできません。

 私の専門でもある建築都市計画の分野においても、政治家や官僚などにデザイナーデザインを理解する人がいないために、日本は魅力的で計画的な都市づくり、まちづくりができないのかも知れません。いや、絶対にそうです!

2019/05/01

「令和」は新しい時代か?

新元号で大騒ぎする日本人の何と多いことか!

 4月30日から5月1日にかけて、マスコミをはじめとして、普段天皇に何の興味も示さない若者までが新しい時代の幕開けと称して夜通し大騒ぎをする光景を目の当たりにして、一体、どういう理由で新しい時代が来るのか、昨日と今日で何が変わったというのか、私には、全く理解できませんでした。

 「令和」は、新しい時代ではなく、新しい天皇が誕生したに過ぎないのです。新しい時代は、私達自身が変わらなければ、絶対に来ないのです。

 日本人は本当に形式に左右されやすく、論理的思考の苦手な民族だと改めて感じたと同時に、この有り様では、真に新しい時代などほど遠いのではないかと、少し落胆させられたような複雑な気持ちになりました。

 新天皇の即位という国事にあたって、マスメディアのなすべきことも、象徴天皇のあるべき姿やその将来について、改めて議論を呼び起こすことであり、祝賀行事やイベントを長々と垂れ流すことではないと思います。

 この二日間、こんな風に感じたのは、私だけでしょうか?