2019/02/25

新しい時代に向けて

「日本の常識は世界の非常識」

 2019年も明けて2か月が過ぎようとしています。太平洋側では、穏やかな晴天の日が多いですが、日本海側では、厳しい寒さが続いているようです。雪崩などの災害が起きなければ・・・と案じています。

 また、今年も各地で、断続的に地震が発生しており、大地震に至らないことを願っています。

 2019年(平成31年)を迎えて、事あるごとに、「平成最後の・・・」というフレーズを耳にすることが多くなり、そのボルテージも次第に増してきたように思います。そこで、新元号・新時代を迎えるにあたって、以前から、「日本の常識は世界の非常識」と言われていたことを思い出し、改めて考えてみました。

 その理由は、バブル崩壊後30年の長い間、日本が閉塞状態なのは、そこに原因があるのではないかと思ったからです。また、パワハラ、セクハラ、いじめ、虐待、過労死などのハラスメントが日本人に多いのも、同じ原因ではないかと思ったからです。

 日本の常識の多くは、いまだに統治者(管理者)側に都合の良い封建時代の思想が根底にあり、我々国民は、それに巧く洗脳され、受け継いできてしまったのではないでしょうか。

世界でも有数の極貧国家

 日本は、江戸時代までは、1割にも満たない武士や公家がこの国を支配し、一般庶民は、自らの権利や自由、平等を訴えたこと(デモクラシー運動)など一度もなく、長い間、農耕中心の貧しい生活に耐えてきた世界でも有数の極貧国家であったわけです。

 明治になって、武士の身分はなくなり、欧米の思想が入ってきましたが、今度は、薩長主体の新政府が掲げた「世界の一等国入り」という野望のために、「富国強兵」の基、「世界侵略構想」によって、さらに、国民は虐げられたのです。結局、この時代もデモクラシー運動は市民権を得ることはなく、その結果、・・・太平洋戦争へ、・・・結局、敗戦です。

形式だけの民主主義

 戦後は、焼土化した国土で、国民は飢えと闘いながら生きるために働きました。そしてGHQは、世界戦略上、日本を資本主義(西側)陣営に取り込むため、民主主義を強要し、そのおかげで日本人は、主権や自由、平等を手に入れることができたのです。勿論、私達が勝ち取ったものではなく、米国から与えられたものです。ときの政府も、真に民主化を望んでいたわけではないでしょう?天皇制と明治時代からつづく官僚制が保持できれば良かったのでしょう?そのためか、残念ながら日本は、魂のない、形式だけの民主主義国家になったのではないでしょうか!

日本の民主主義国家は錯覚!

 我々国民も、与えられた権利であり、与えられた自由、平等であることから、その価値や真の意味を深く理解することもなく、朝鮮戦争を踏み台にし、資本主義による高度経済成長を成し遂げ、日本人は世界一優秀な民族などと、政府や官僚、財界人から煽てられ、いい気になっていた時代が昭和だったのではないでしょうか。そして、いつしか日本は、真の民主主義国家だと誰もが錯覚するようになっていったのです!

人間関係を重んじる欧米人
上下関係を重んじる日本人

 そのため、いまだに統治者(管理者)側にとって都合の良い上下関係の礼節を美徳とする思想や慣習が、政治・経済・文化・スポーツなどの各分野に、日本の常識として根付いていることに気付かないでいるのです。これらの思想や慣習が無意識のうちに身体に染み付いていて、変だとは思わないのです!これらのことが原因となって、人間関係を重んじる欧米の常識と、上下関係を重んじる日本の常識とでは、油と水のように馴染まないのではないでしょうか。

 上下関係を美徳とする日本のシステムとしては、茶道や華道、日本舞踊などの家元制度が真っ先に挙げられますが、歌舞伎や落語などの演芸、大相撲やプロ野球、高校野球などのスポーツに至るまで蔓延っています。しかしながら、日本人はそれらの業界が好きで好きでたまらないのです。また、その上下関係は、一般社会にまで浸透しており、「お客様は神様です!」とか、「長い物には巻かれろ!」とか、民主主義にあるまじき格言が、いまだに言われつづけています。同様に一般の企業でも、上下関係の管理を優先するあまり、実のある働き方改革が進まないのではないでしょうか。スポーツ界での体罰もそうだと思います。

目覚めよ!「九州男児」&「京都人」

 特に、上下関係の好きな人種は、「九州男児」と「京都人」だと思います。明治新政府は、その「九州男児の薩摩」と「京都の公家」が合体した組織であることからも、日本の近代化は、如何にが封建的、保守的であったかうかがい知ることが出来ます。九州男児は、いまだに「男尊女卑」の思想が根底にあり、生っ粋の京都人は、見栄っ張りで格式を重んじ、直接的に物を言わない(遠回しに嫌味を言う)など、現在でも、その性格を引きづっている人が多いようです。この人達が、近代以降の日本社会に悪影響を及ぼし続けているのではないかとさえ感じます。

勇気ある連鎖のデモクラシーが必要!

 日本が、真の民主主義社会となるためには、社会的、経済的地位よりも、個人の尊厳や人格を大切にする社会になることが求められており、そうでない限り変わらないと思います。誰もが勇気を持ってデモクラシーを促し、それが連鎖となって広く浸透していかない限り、法制度だけを変えても変わりません。現在の日本の常識がデモクラシーか否か、一つ一つ突き詰めて考える必要があります。 政治デモクラシー、経済デモクラシー、働き方デモクラシー、スポーツデモクラシー・・・各分野において変わらなければ・・・!

2019/02/03

深刻なインフラの老朽化

インフラモニタリング技術シンポジウに参加

 一昨日(2/1)は、CPD(継続研鑽)も兼ねて、NEDO(国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構)主催の「インフラ維持管理・更新等の社会課題対応システム開発プロジェクト」(平成26年度~平成30年度)における「NEDOインフラモニタリング技術シンポジウム」を拝聴してきました。なんと、朝9時30分から夕方5時までの6時間近くにも及ぶ長い々報告会でした。

日本は深刻なインフラの老朽化が進行中‼

 最近では、イタリアでの落橋事故などがテレビで報道されたことから、日本でもインフラの老朽化が話題になりましたが、これは、他国の問題ではなく、特に日本では、どの国よりも待ったなしの状況にあります。

 しかし、インフラの保守メンテには、莫大な費用・時間・労力が必要になることから、特に財政の厳しい地方自治体では、点検すらできないのが実態です。

 そこでNEDOが、インフラの維持管理・更新に欠かせない点検・調査に関する効率化・省力化・定量化を目的として、公募により大学や民間企業の参画を受けて、5年計画で調査・研究・開発を行ってきました。そして、IOT・AIを活用したインフラのモニタリング新技術を開発し、実用化に向けてその成果を公表したものです。当然、このプロジェクトには、国税が投入されています。

  政治家が、選挙の票にならないインフラの保守メンテなど地道な施策には後ろ向きで、国民の関心の高い箱物公共事業にばかり熱心なことが、このような事態を招いているのです。言い換えるならば、我々国民が、このような事態を引き起こしているとも言えるのです。

 このプロジェクトは、遅まきながら、とても重要な研究開発です。しかし、これが実用化されても、残念ながら、全ての課題が解決されるわけではありません。これまでの目視による点検・調査に比べて、効率性やその精度は格段に上がりますが、どのインフラのどの箇所をモニタリングするのか?また、このデータを有効的に活用する仕組みづくりは?さらには、コストの縮減となる計画的なメンテ工事の手法は?、その財政支援は?などなど、いろいろな問題が山積されている状況です。

 日本は、戦後、国民への公平な行政サービスを基本方針としてきたため、公共事業は、品質や機能性・デザイン性は後回しにされ、広い地域と各分野にばらまかれてきました。そのため、品質の低いインフラ(公共事業)が数多く造られ、そのうえ、維持管理などは軽んじられてきたことから、老朽化したインフラで溢れる事態になっています。今の老齢な政治家達では、この状況からは抜け出せないでしょう!若い世代の奮起に期待するしかありませんが、せめて、これから造るインフラについては、恒久的で、メンテも予算に含めた事業計画であることを望みます。

東京タワーはいつまで見られるかなあ・・・⁉

2019/2/2東京タワー

 そんなこんなを考えながら、モニタリング新技術のスライドに目を凝らして見入っていました。シンポジウムが終わって外に出ると、目の前には東京タワーがそびえ建っていました。そう言えば、このタワーも50年を過ぎているのだと思い、久しぶりにまじまじと眺めていましたら、下層部分では足場が組まれて、正にメンテ工事が行われていました。さすがに東京のシンボルは違うなあ!しかし、どこにでもあるような橋やトンネルは、こうはいかないだろう?と、複雑な心境になった次第です。